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泣いているわけ

更新日:3月15日

今回は作品とは関係なく、子どもと接していて感じたことです。



今となっては「泣く」という行為を1日の内に何回もすることはなくなりましたが、小さい頃を思い出すと、色んな理由でよく泣いていたなぁと思います。



できなくて悔しくて泣く

怒られて泣く

思い通りいかなくて泣く



この辺りが多かったように思います。不満が多かったなぁ…なんても思ってしまいますが、一歳になる娘をみていると、ほんとに良く泣きます。




頭をぶつけては泣き

やりたいことを遮られては泣き

急に眠くなっては泣く




娘がまだ生後1か月のころ、泣くことに関して感じたことがあります。



娘が眠った隙に、シャワーを浴びていたときのことです。



娘の寝る小さなベットを脱衣所にもっていき、なにかあったら直ぐに見ることができるよう準備して、シャワー浴びようとしました。



ぎゃー

ぎゃー

シャワー室に入ってすぐ、洗髪をしている最中、泡だらけの状態で娘は起きてしまい、号泣。


あらー…起きちゃったかぁ…


ベットにベルトで固定してあるので、危ないことはないと思い、チラッとだけ様子をみてから、泡を落として娘のところにいくことにしました。



ぎゃー!!ぎゃー!!


「大丈夫だよー!!お母さん、ここにいるよー!!!」



ぎゃー!!!!ぎゃーーーー!!!!



おっきな声で呼びかけながら、急いでシャワーを終えようとしますが、娘の泣き声は力を増すばかり



顔を真っ赤にしてぐちゃぐちゃに泣き叫ぶ娘は近くにいる私の存在を感じないようでした。



まだ生後まもないころは、目はほとんど見えないと本で読んだことがあります。

生きていく上で重要度が低い感覚だからです。



私からすると、五感の中で、失うと不便で怖いと感じる感覚は視覚ですが、赤ちゃんにとっては後回しになる感覚なんだとか。



その代わり、一番大事で、最初に発達するのは触覚、味覚なんだそうです。



親に触れられることを感じる為

おっぱいの味を感じる為



何も見えなくても、何も聞こえなくても、それらがあれば、赤ちゃんは生きていける


そんな風にできている



昔行われた恐ろしい実験にこんなものがあるそうです。

複数(詳しい人数は忘れてしまいましたが30人くらいだったような)の生後まもない赤ちゃんに一切触れることなく、搾乳した母乳を与え、育てるという実験です。



そうして触れられることなく、育てられた赤ちゃんは1か月後には全員亡くなってしまったそうです。


触れるということ

抱きしめるということ


おっぱいを飲むこと

寝ること

息をすること



これらと同じように生きる上で必要なことなのだと


必死で呼ぶ為に泣いていたんだと

そう思いました。

今、近くでシャワーを浴びている状態は赤ちゃんにとってはとても怖かっただろうな…と思います。



(直ぐ近くにいるのに、)何もみえない

(大声で呼びかけているのに、)何もきこえない



もしかしたら、声の音はわかっていたかもしれないけれど、それがなんの音なのかわからなかったかもしれない

触れられない限り、何も感じられない

真っ暗闇の中

死と直ぐ近くの状態から

必死に生きることに向かっているような

持てる力や感覚が少ない分、

なんてシンプルな力強さなんだろう

体を拭き終わって、赤ちゃんを抱きしめて、おっぱいをあげて


ようやく赤ちゃんは泣き止みました。

たくさん泣いて

たくさん生きてほしい

そんな風におもいます。